現実逃避の何が悪い

小説だって若者の読み物だと過小評価されていた時代はありました。ならば、ゲームや漫画やアイドルだっていつかは大衆に認められるはず。微力ながら、そういうお手伝いができればよいと思っています。

過去作品は次々と塗り替えられていくのだろうか

 以前に、『エイリアン』と『エイリアン2』を鑑賞しました。『エイリアン2』は面白かったのですが、『エイリアン』は正直じれったくてイマイチでした。未確認生物がいるのに、猫を追いかけるという少し理解できない展開があって退屈でした。ただ、両作品とも見知らぬ敵に襲われるという緊迫感がよく伝わってきました。

 

 実は不朽の名作と呼ばれる作品に今回の『エイリアン』のような物足りなさを覚えたことがありました。最初は僕が単に新しいものが好きだという幼稚な感受性しかなく、古典作品しか好まないからだと思っていたのですが、ではなぜ黒澤映画には感動できるのかずっと疑問に思ってたのです。しかし、今回この『エイリアン』を見てやっとその理由に気づくことができました。『エイリアン』が公開当時、まず女戦士が主人公という作品があまりなかったそうです。しかもそのころの宇宙人といえば、タコのような

モデルがマジョリティーで、このエイリアンのようなデザインは衝撃的だったのです。そう考えると、今や宇宙人のデザインには様々なものがありどれを見ても新鮮なものだと感じられなくても仕方のないようなことだと思います。

 

 エイリアンとしてはあまりいいことではないと思いますが、それは映画全体にとってはいいことなのではないかと僕は感じます。エイリアンのような素晴らしいデザインが当たり前のような世界は、少なくとも文化的な観点から豊かなものになっているのではないでしょうか。逆にいうならば、古い作品が今でも人気というものはそれを越えることができていない証拠なのでしょう。たとえば、宮崎駿の『風の谷のナウシカ』は1984年に公開されたもので僕はいまだにあれを越える作品はないと思います。ガンダムにしろ、スターウォーズにしろ、今の僕らから見ても古い感じがあまりしない。これらの作品が見劣りするぐらいの作品が早く出てほしいものです。

 

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